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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)10645号 判決

大阪府高槻市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

三木俊博

大阪市〈以下省略〉

被告

岡藤商事株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

深井潔

主文

一  被告は原告に対し、四一九万一六〇五円及びこれに対する平成六年一一月一日から支払済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、七六〇万三九〇八円及びこれに対する平成六年一一月一日から支払済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  被告岡藤商事株式会社(以下「被告会社」という。)は、通産農水両大臣の許可を得て商品先物取引の受託を業とし、顧客に対して誠実かつ公正にその業務を遂行すべき商品取引員であり、委託者に対して善管注意義務(忠実義務)を負う者である。担当社員は、被告会社本店営業部主任B、同営業部課長C、同営業部次長Dである。

原告は、平成五年一〇月当時、株式会社aに土木営業部課長として勤務する会社員であった。

2  原告は、平成五年一〇月五日、Bの誘いを受けて被告会社を訪問し、商品取引の仕組みについておおよその説明を受け、商品先物取引委託のガイド、受託契約準則を受領した。そして、同月六日、被告会社を訪れ、パラジウム八〇枚買建て、金(地金、以下、単に「金」という。)八〇枚の売建て注文を委託し、同日、委託証拠金資金として一〇〇〇万円を被告会社に預託した。

その後、同月八日、パラジウム二〇枚を仕切処分し、神戸ゴム取引所でゴム六〇枚の買建て注文が執行された。

3  原告は、同月一二日、被告会社を訪れ、取引終了も話題となったが、取引は継続することになり、原告は、残高照合通知書(回答書)に署名した。なお、同日の値洗評価は、金はマイナス一七六万円、パラジウムはプラス一七一万円、ゴムはプラス二一万円で、合計は一六万円のプラスとなっている。

原告は、同月二〇日、被告会社を訪問した。原告は、残高照合通知書(回答書)に署名したが、これによれば、値洗い損益金は、金がマイナス五二八万円、パラジウムがプラス二九七万円、ゴムがマイナス三万円で、合計マイナス二三四万円となっている。

Cは、同年一一月八日、原告に電話をかけ、その結果、パラジウムとゴムを利食いし、金五〇枚の買建てがなされた。

4  原告は、同月一一日ころ、残高照合通知書の送付を受け、評価損が増大していることを知り、そのアンケート用紙(甲第四号証)の裏面に、簡単な取引の経緯、取引の中止を求めたが説得されて今日に至っていること、損害を五〇〇万円までに回復して欲しいこと等を記載して返送した。

5  原告は、同月一五日、被告会社を訪問し、C、Dと面談した。さらに翌日、日本商品取引員協会関西支部を訪問して、そのE職員に相談し、同日及び同月二六日、被告会社本店管理部次長のF、同G、Dと話し合いの機会を持った。

6  原告は、平成六年三月下旬、大阪弁護士会法律相談センターを訪ね、同センターの紹介で原告代理人に相談し、同月二八日、すべての建玉の仕切処分を申し出、同日付けをもって、その仕切処分がなされた。

右仕切処分の結果、精算残金(返還金)が二九九万六八二四円と確定し、被告会社は、同月三一日、これを原告に返還した。

なお、被告会社は、平成五年一〇月一二日、原告に九万〇二六八円を支払っている。

二  争点及び主張

(原告の主張)

1 債務不履行及び不法行為について

Cほか被告会社の従業員には、本件の商品先物取引の受託に関し、次のとおり、違法な行為があり、これらは、一連一体のものとして民法四一五条の債務不履行となり、又は同法七一五条の不法行為となる。

(一) 新規委託者保護義務違反

商品先物取引においては、新規委託者に対して三か月間の保護育成期間が制定されている。これは、商品先物取引に未熟な時期は、少量の売買取引によって経験を積み、商品先物取引の実際を体得するためであり、そのような期間内に多量の売買取引を行えば、未熟さゆえ不測の損害を蒙る危険性が高いからである。それ故、商品取引員はこの期間の売買枚数を二〇枚以内に制限し、二〇枚を超える売買をしてはならない。

しかるに、Cは、それまで商品先物取引の経験がなく、その売買方法に関する知識も有していない新規委託者である原告に、前述のように、二〇枚をはるかに超える合計二〇〇枚もの取引を勧誘した。

(二) 断定的判断の提供

商品取引員は、一般委託者が確実に利益が得られると誤解するような断定的判断を提供してはならない。

しかるに、Cは、平成五年一〇月六日、「中国が外貨不足のため金を放出するから、金の価格が値下がりする。」との断定的判断を提供して、原告を金先物取引に引き込んだ。

さらに、同月一二日に、原告が取引の終了を申し出た際には、「金は必ず一一八〇円に値下がりする。パラジウムは必ず四五〇円に値上がりする。ゴムも近く必ず八七〇円に値上がりする。」と具体的価格を示して、断定的判断を提供し、建玉維持を押しつけた。

(三) 両建て勧誘・押付け

いわゆる両建ては、とりわけ一般委託者にとっては有害無益であるから、商品取引員は、両建てを勧誘し、受託してはならない。

しかるに、Cは、平成五年一〇月六日、金の売建てとパラジウム買建ての両建てを勧誘し、同年一一月八日には、金の五〇枚の売建てと五〇枚の買建てを受託した。

被告会社は、原告から多額の委託証拠金を引き出すため、また多量の売買取引を反復継続して手数料を稼ぐため、あえて原告を両建てへと勧誘し、あるいはこれを押し付けたものである。

(四) 仕切り拒否

商品取引員は、顧客の売買指示に従うべきであるのに、Cは、平成五年一〇月一二日、同月二〇日ころ、同月二五日ころ、同年一一月一五日、同月一六日及び同月二六日と、原告が、繰り返し、取引終了を申し出ているのに、これを拒否した。

2 損害について

(一) 原告が委託証拠金資金として被告会社に交付した一〇〇〇万円から、返還ないし交付を受けた三〇八万七〇九二円を控除した六九一万二九〇八円が損害となる。

(二) 弁護士費用は、六九万一〇〇〇円。

3 過失相殺について

本件は、被告会社の違法性が大きく、原告には過失はないから、過失相殺はなされるべきでない。

(被告会社の主張)

1 債務不履行及び不法行為について

(一) 原告主張の1(一)のうち、新規委託者について、三か月間の保護育成期間が設けられていることは認めるが、その余の事実は否認する。

新規委託者保護に関する建玉数二〇枚は、制限枠でなく、判断枠であり、被告会社の社内審査機構である顧客サービス班の地区本部統括責任者による審査により判断枠を超える建玉が承認されており、新規委託者に対する保護義務に違反していない。

(二) 同1(二)のうち、商品取引員は一般委託者が確実に利益が得られると誤解するような断定的判断を提供してはならないとの事実は認めるが、その余の事実は否認する。Cは、その相場観を資料などにより説明したにすぎず、断定的判断を提供したのではない。

(三) 同1(三)は争う。Cは、両建て処理の意義・得失を説明し、原告の自主的な判断により建玉したもので、両建ての勧誘押付けの事実はない。

(四) 同1(四)のうち、商品取引員が顧客の売買指示に従うべきであることは認め、その余の事実は否認する。被告会社が、取引継続の方向への意見を一方的に押し付けたことはなく、いずれの場合も、原告の自由な判断により取引が継続されたものである。

2 損害について

原告の主張はいずれも争う。

3 過失相殺について

仮に、被告会社に責任原因があるとしても、原告にも過失があるから、過失相殺がされるべきである。

第三争点に対する判断

一  新規委託者保護義務違反について

1  新規委託者について、三か月間の保護育成期間が設けられていることは当事者間に争いがないところであり、受託業務管理規則(乙第九号証)には、新規委託者について保護育成措置を講ずるとし、「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託にかかる取扱い要領」(乙第九号証)では、「商品先物取引の経験のない委託者の建玉枚数にかかる外務員の判断枠を二〇枚と定める。ただし、本店等にあっては営業管理職の判断枠を一〇〇枚と定める。このただし書の判断枠を超える建玉の要請があった場合には、顧客サービス班の地区本部統括責任者が妥当と認められる範囲内において受託するものとする。」旨定めており、Cは、平成五年一〇月六日、その判断枠一〇〇枚を超える一六〇枚の枠を申し出、翌日、さらに二〇〇枚の枠を申し出、いずれも顧客サービス班の地区本部統括責任者の承認を得ている(乙第一一、第一二号証)。

2  ただ、被告会社において、内部的な手続が履践されているからといって、直ちに、新規委託者保護義務違反とならないというわけではなく、取引についての理解度、委託者の資産内容、取引に対する姿勢等の諸事情によって判断されなければならないところ、原告は、会社員ではあるものの大手企業の課長の職にあり、相当の資産もあって、数回ではあるが、株式取引の経験もあり、新規委託者ではあるものの、商品先物取引の仕組みについての理解度も深く、自ら被告会社を訪れて取引を申し出たもので、損失が生じる可能性を承知し、追加証拠金が生じる場合には全建玉を処分するとの方針を告げ、当初の予定では、必ずしも必要でなかった一〇〇〇万円を証拠金資金に預託したものであり(甲第七号証)、当初の建玉については、新規委託者保護の建前からは、相当多いとの感は否めないが、未だ、これを違法ということはできない。

二  断定的判断の提供について

1  商品取引員が一般委託者が確実に利益が得られると誤解するような断定的判断を提供してはならないことは、当事者間に争いがない。

2  ところで、Cは、平成五年一〇月六日、「中国が外貨不足のため金を放出するから、金の価格が値下がりする。」との趣旨を述べたことは認めることができるが(甲第七号証、乙第一九号証)、取引勧誘の際の言辞が断定的判断の提供となるかどうかは、委託者の取引についての理解度と総合して判断しなければならないことがらであり、原告は、取引開始にあたってその仕組みや追加証拠金が必要になる場合について説明を受けており、追加証拠金が必要になる場合には取引を止めようと考えていたのであって、これからすれば、Cの言辞が確実なものではないことを承知していたものと言うべきであり、右Cの言辞をもって違法な断定的判断の提供ということはできない。

3  なお、Cは、同月一二日、原告が取引の終了を申し出た際、「金は必ず一一八〇円に値下がりする。パラジウムは必ず四五〇円に値上がりする。ゴムも近く必ず八七〇円に値上がりする。」と具体的価格を示して、取引の継続を強く勧めたことが認められるが、Cの判断が必ずしも適確でないことは、同月六日以降、金価格が上昇して損失が生じていたことから明らかであり、原告自身、さらに損失が生じることを危惧していたことが窺われるのであって、Cの右判断提供のみが原告に取引を継続させたものとはいえず、これをもって直ちに違法な断定的判断の提供ということはできない。

三  両建て勧誘・押付けについて

1  いわゆる両建ては、特段の事情がないかぎり無益といわなければならず、商品取引員は、原則として、両建てを勧誘し、受託してはならないということができる。

2  原告は、平成五年一〇月六日の金の売建てとパラジウム買建てを両建てとして違法である旨主張するが、金とパラジウムは、別個の商品であって、別々の値動きをするもので、パラジウムは値上がりし、金は値下がりするとの判断でそれぞれの建玉がされたのであるから、これを両建てということはできない。

3  被告会社は、同年一一月八日には、金の五〇枚の買建てを受託したが、これにより、金五〇枚が両建てとなった。証人Cの供述によっても、この両建てを合理的に説明できる事情はなく、これは違法といわなければならない。

なお、原告は、被告会社が、原告から多額の委託証拠金を引き出すため、また多量の売買取引を反復継続して手数料を稼ぐため、両建てを勧誘した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

四  仕切り拒否について

1  甲第四号証、第七号証、第一〇号証、原告本人尋問の結果によれば、次のとおり認めることができる。すなわち、取引を開始して間もなくの平成五年一〇月一二日には、Cの当初の説明と違って金価格が上昇し、評価損が生じていたが、原告は、同日、被告会社を訪れて、仕事に集中できないなどの理由で、取引を止めたいと申し出た。これに対し、Cは、「金は必ず一一八〇円に値下がりする。パラジウムは必ず四五〇円に値上がりする。ゴムも近く必ず八七〇円に値上がりする。」と具体的価格を示して、取引継続を強く説得し、原告は、Cに押し切られたかたちで、取引継続に応じた。しかし、原告は、同月二〇日、さらに評価損が生じていたことから、被告会社を訪れ、再度取引を止める旨述べたが、またCに説得され、同月二五日にも電話で取引中止を求め、同年一一月一一日には、アンケート用紙(甲第四号証)の裏面に、取引の中止を求めたが説得されて今日に至っていること、損害を五〇〇万円までに回復して欲しいこと等を記載して返送した。さらに、原告は、同月一五日、同月一六日及び同月二六日と繰り返し、取引終了を申し出たが、この当時の取引状況は、金が同枚数の両建ての状態であったことから、原告も強くは、取引中止を求めず、被告会社は、原告の担当をDに変え、その後、平成六年三月まで、取引がされ、原告は、平成六年三月二八日、すべての建玉の仕切処分を申し出、同日付けをもって、その仕切処分がなされた。以上のように認められる。

2  右事実に鑑みるに、原告は、取引開始後間もなく、平成五年一〇月一二日、これを止めることを申し出たのであるが、その際の原告の取引中止の意向は相当強度であったことが窺われるのに、Cもまた、強く説得して、取引の継続を承諾させたのであるが、その後の原告の言動からみても、取引の継続が原告の納得するところでなかったことは明白である。委託者が取引中止を申し出た場合、その翻意を説得すること自体は、必ずしも違法ということはできないが、行き過ぎた説得は、違法性を帯びるというべきである。そして、本件のCの原告に対する説得は、妥当な範囲を超えるもので、違法といわなければならない。

五  原告の損害について

1  右認定の事実に鑑みれば、Cが平成五年一〇月一二日の取引停止に応じなかったことは、原告と被告会社との間の受託契約から生じる忠実義務に違反するもので、債務不履行となるものである。そこで、被告会社は、これによって生じた損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

2  そこで、損害について検討するに、被告会社が平成五年一〇月一二日に原告申出の取引中止に応じ、同日で全玉を仕切っておれば、その際は、値洗益一六万円があったから、委託手数料、消費税等合計一六二万七七五七円を控除した八五三万二二四三円が返還されるはずであった(乙第二〇号証)。しかるに、取引が継続された結果、平成六年三月三一日に精算残金が二九九万六八二四円と確定し、被告会社は、同日、これを原告に返還したが、被告会社は、平成五年一〇月一二日、原告に九万〇二六八円を支払っているので、八五三万二二四三円から二九九万六八二四円及び九万〇二六八円を控除した五四四万五一五一円が、原告に生じた損害となる。なお、両建ての違法については、平成五年一〇月一二日以後の問題であるから、損害の算定に影響を及ぼさない。

六  過失相殺について

平成五年一〇月一二日以降の取引継続については、これが全く無断でなされたものではなく、行き過ぎた説得であっても、原告がこれに応じて取引が継続されたものであるから、原告にも過失があるといわなければならず、その過失割合は三割というべきである。

そこで、前記損害額から三割を控除すると、三八一万一六〇五円(円未満切り捨て)となる。

七  弁護士費用について

弁護士費用としては、三八万円を相当とする。

八  結論

以上により、原告の請求は、損害金四一九万一六〇五円及びこれに対する平成六年一一月一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本哲泓)

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